まず、三語だけ。
三分で、輪郭を得る。
1985年8月12日18時12分、日本航空123便は羽田空港から大阪空港へ向けて出発した。乗客509人、乗員15人の計524人が搭乗していた。18時24分35秒ごろ異常事態が発生し、機体は操縦が極めて難しい状態のまま約32分間飛行した後、18時56分ごろ群馬県上野村の山中へ墜落した。520人が死亡し、4人が救助された。
運輸安全委員会が公開する事故調査報告書の解説では、1978年の尻もち事故後に後部圧力隔壁へ施された修理が指示どおりでなかった。その部分へ飛行ごとの圧力変化が繰り返しかかり、疲労亀裂が進展。隔壁が破壊され、垂直尾翼と機体後部が損壊し、4系統すべての油圧が失われたと整理されている。つまり、事故当日の操縦だけでなく、7年前の修理から続く因果関係を見る必要がある。
日本航空は2006年に安全啓発センターを開設し、事故機の残存部品、乗務員や乗客の記録、事故の経緯を社員教育に用いている。事故調査の役割は、個人へ罰を与えることではなく、原因を明らかにして再発防止へつなぐことにある。事故を語り継ぐ意味は、悲惨さを消費することではなく、技術的な不具合と組織の判断がどう連鎖したかを学び、同じ失敗を防ぐ仕組みに変えることにある。
事実と留保を分ける。
確認できたこと
- 123便には524人が搭乗し、520人が死亡、4人が救助された。
- 公式調査は、1978年の事故後に行われた後部圧力隔壁の不適切な修理から疲労破壊が生じ、尾翼と油圧系統を損傷したと結論づけた。
- 日本航空は事故の教訓を社員へ継承するため、安全啓発センターで機体残存物や記録を保存・展示している。
留保すべきこと
- 事故原因を「機長の操縦ミス」とするのは公式調査と合わない。異常発生後、操縦に必要な油圧4系統をすべて失っていた。
- 事故調査報告書は再発防止のための原因究明であり、刑事責任を決める判決とは目的が異なる。根拠のない説と同列に扱わない。
大外しを防ぐ
「山に墜落した大事故」だけでは核を外す。不適切な修理、疲労亀裂、隔壁破壊、尾翼・油圧系統の損傷という長い因果の鎖が重要である。
理解の要点
大事故は一瞬の失敗だけで起きるとは限らない。数年前の作業を記録し、異常の兆候を点検し、組織全体で教訓を継承することが安全を支える。